好きな本10選

お題「我が家の本棚」

好きな本10選

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思春期に手にとった本というのは忘れがたいものです。

人生に影響を与えた本から記憶に残るものまで紹介します。

 

10番目『三国志吉川英治

 読み切るのが惜しくて途中で書を置いた初めての本です。また私の進路を決めた、人生におおきな意味を持った本でもあります。呼んでいる最中は気持ちがすべて世界に染まって夕暮れをながめてこの色合をきっと曹操もみたんだろうな、などと感慨にふけるほどおかしくなっていました。これにハマる前に陳舜臣氏の諸葛孔明が流行っていて、本屋に行けば三国志シリーズのムックが多く並べられていた時期でした。で、当時高校から速攻で帰宅してNHK教育TVをつけると三国志の人形劇を再放送されていて、音楽担当が細野晴臣氏であったのを覚えています。これは本当に面白い活劇書でした。

 

9番目『優しいサヨクのための嬉遊曲』島田雅彦

 島田氏の処女作です。プロフィールの写真がかなりの美男子です。私はHNをミドリという名で使いまして、実はこの小説のヒロインから拝借しております。主人公の男子とミドリの奇妙なラブストーリーで、左翼運動を取るか恋愛を優先するかの懊悩が嬉遊曲を舞うような軽妙な筆運びで書かれています。

 

8番目『歯車』芥川龍之介

 絵画的アトリビュートアイテムの散りばめられた作品です。己が遺伝性による精神疾患を得るのではないかと日々恐怖にさいなまれている主人公(おそらく作者)の日常が描かれています。芥川の厭世的でストイックで寂を感じる文章が、日本の作家の中では一番好きです。あまりに好きすぎて当時芥川龍之介の文学アルバムとか研究書など読みふけってました。

 

7番目『駈込み訴え』太宰治

 若気の至りで太宰を好きになりました。今にしておもえばこんな人が親戚にいたらさぞ迷惑でしょう。でも太宰の文章は素晴らしいです。お酒を片手に口頭で編集者とかに筆記させてたらしいですがとめどなく溢れる言葉の泉の羅列に心地よい音楽を聴いている気分になって正直書いている内容などどうでも良くなってきます。

 

6番目『優しい密室』栗本薫

 五十代で亡くなったのが惜しい作家でした。本と波長が合うとその作家の全てを読みたくなり次に作家の個人的な詳細まで調べたくなります。栗本さんはおそらく生きていることと書いていることが同意義な人だったのではないでしょうか。自己救済型作家と名付けて分類してます。私はそんな作家に惹かれる傾向があります。初期に書かれた魂の叫び的な書籍が秀逸です。

 

5番目『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド村上春樹

 私の村上春樹初体験は「ノルウェイの森」でした。書店を飾った赤と緑の新書が美しく、友人と上・下本をそれぞれ購入した記憶があります。以降、村上氏の書籍はトラウマになり鬼門でしたが、それを解消したのが上記の本です。村上氏の書籍は異世界と通じ合う内容の多い気がします。作者の深層を垣間見つつ書き手も自然のままに無意識を探検している様子が興味深いですね。ノーベル賞受賞が待ち遠しいです。

 

4番目『異邦人』カミュ

 翻訳本は基本苦手ですが「異邦人」は読みやすい一冊でした。朝吹登水子さんのサガンも作者と訳者の見事な調和を体現した作品ですが窪田啓作氏の異邦人もカミュと渾然一体となって迫ってくる神経症的な文章が非常に好みであります。ママンが死んだ、から始まる現実との不調和の流れから殺人で融合を果たす殺伐とした主人公の不気味な日常の描写がたまりません。通奏低音的に流れる違和感は今の時代の日常に変化している気がします。

 

3番目『野ばら』長野まゆみ

 高校時の感想文課題図書になっていた『野ばら』。一読された方はご理解いただけるとおもいますがあの小説にどのような感想を正攻法で書き記したらしいのか十代の女の子には難題だったのではないでしょうか。擬人化された猫の集会を、泉鏡花的な美麗な言葉で描いた作品です。長野氏の真骨頂たる儚げで壊れやすい世界を堪能できる作品です。

 

2番目『聖少女』倉橋由美子

 二十代の私の聖書でした。作者自身最後の少女小説と言っていますが処女作のパルタイもすると少女小説に入るのでしょうか。どちらも今読むとかなり病的で非常にS的で読んでいるとゾクゾクします。倉橋氏はおそらく醜悪さを嫌悪した作者でありニヒリズムの布で現実を覆い隠してペンで切って捨て続けたい欲求の強い方だったのかなと思います。晩年は紆余曲折を経て静謐な世界へ自ら潜み潜った印象です。

 

1番目『交歓』倉橋由美子

 倉橋氏が静謐な世界へ入る前の最後の作品です。主人公の桂子さんは私の理想であり、最近まで桂子さんならこんな時どう行動しただろう、等考えてました。倉橋氏が結婚されて家庭の安定を得て、(といってもこの方結構家族単位で外国へ住んで安住するのが苦痛である気もするのですが、)世界の醜悪さ加減を諦めつつまた別の手段で復讐を果たし始めた印象があります。晩年は、諦めて能や詩篇の世界へ移るのですけど死に至るまで美を掲げ、恥と醜さを憎悪し続けた作家さんの世界観が私は好きです。