小説(仮)嵯峨山恭爾 013

(貴方はもうそろそろ執着を捨てるべきなのよ。)
いつもの夢だ。
(おじいさん?への執着を持っている限り、貴方は多分幸せにはなれないと思う。だってそのおじいさんはもう死んでしまっているのでしょう?話すことができないなら、何かを期待しても難しいんじゃないかしら。)
(だから)
(だから、感謝と祝福をもって手放すべきなのよ。)
(感謝と祝福?)
女はもう一度繰り返した(感謝と祝福)
 
 そうだな、感謝については度々思うことが有る。おそらく爺はオレをヴァイオリニストにするために結構な費用をかけたはずだ。社費で落としだ分も含めて。オレはそれに応えたかって疑問は伏せる。期待には応えなかったんだろう。なにせあれだけ望んだストラドを与えはしなかったのだから。
(おれはほとんど爺のことを知らねえんだよ。あいつが何を考え、どうしたかったのか、繰り返し考えてもわからないことが多くある。オレもこんな強情っぱりだから、わざと真逆の態度で怒らせたりしてな、それでも本音は見せねえ奴だったよ。)
(本音を知りたかったの?)
(まあな。コントロールする奴の目的は知りたいよな。自分でなんでも知っときたい性格なんだよ。右向けっていわれたら右を向く、それができないオレは可愛くなかっただろうな。)
(ふうん。)
それきり女は黙ったままだった。
(ーーーいつもの男の話はどうしたんだよ。)
黙っていると沈んでいきそうな静けさに耐えきれず話を振った。
(特には。)
(珍しいじゃねえか。いつもぴーぴーどうでもいいくだらないネタをさも大事件のように大仰に話すくせに。)
(うん。ちょっと心配ごとがあって。今はそのことで頭がいっぱいなのよね。とても攻撃的なメールが来るの。それが嫌なの。)
(へえ。攻撃的ね。それは嫌がらせってやつ?)
(違う、と思う。嫌がらせの余裕は感じない。勘違いをして怒っているようなそんな雰囲気。)
(おまえ行間読むのか。意外だな。それの何が心配なんだ?)
(予測がつかないこと。)
予測がつかないことね。
(オレがおまえの世界に行けたら守ってやれるのにな。そんな些細なことに心を悩ませなくてもいいように、何処かへ連れ出してやれるんだけど。)
あれ、オレ変なこと言ったか?
(例えばどこへ?)
(そうだな、海とか?)
海?オレが?女連れで?
(ありがちでつまらない。)
そうか?海は行くと意外と面白いんだけどな。
(まあ、嫌がらせ?なんてのは己の愚かしさを知らないバカな連中がつるんでやってるだけだよ。気にするだけ損だろ。おまえそいつらの事、羨ましいって思ったことあるか?)
(どうかな。あまり考えたことない。)
(だろ?おまえにとっては正直興味の無い相手なんだよ。それを相手が感づいてなんとか気を引こうとする。己の価値を高めるために。滑稽だよな。オレはそんな価値の高め方は好きじゃない。人間性が透けて見える。大方、賢い奴等は見てる。コイツらはクソだって分かってる。ただ面倒だから何も言わないだけだ。オレも面倒だと思う部類だけど、でも心ん中じゃ軽蔑してる。)
(嫌がらせ、というか勘違いだと思うのだけど。)
(おまえが嫌悪を感じるなら嫌がらせだろ。そこまで他人に気を使って何になるんだよ。しかも下衆野郎共に。)
(そうね、ただ、)
(ただ?)
(なんでもない。)
様々なことをかんがえているのだろうが彼女は何も言わなかった。
(そいつは自分の愚かさに気がついてねえんだろうな。予測がつかないなら静観しとけよ。)
(うん。)
(おそらく、お前が右往左往することじゃねぇ。全部棚の上に載せとけ。呼ばれたら優雅に手をさしのべればいい。)
(優雅に?)
(そう、優雅に。)
そう言って俺たちは笑いあった。
 彼女の笑顔は、まぁまぁ、悪くない。