藤棚 020

波の音がする。寄せては返す波の音に耳を澄ませる。夏の太陽の燦々と照りつける砂の上で、目を閉じている。親戚の集い、従姉妹に、見知らぬ子がいた。不思議そうな顔で俺をじっと見つめていた。
 瞼をかすかに開ける。その子の足がこっちに向かって勢いよく走ってくる。砂を蹴って、熱風に舞い焼けた砂浜に散る砂を俺は横目で見遣る。
「恭爾さんて、私の兄に似てる。そっくり。」
側まで来て俺の顔を覗き込んだ。太陽の光で彼女の顔は見えない。
「多分隣に立ったら見分けがつかないわ。兄の方が少し髪が長いかな。でもそんな些細な事どうでもいいほどよく似てる。」
 俺はゆっくりと起き上がる。髪についた砂を払い上着を着ながら女に言い放つ。
「あんた誰。」
初対面で気安く話しかける女を俺は信用しない。血が繋がってる分差し引いても笑顔を見せる義理は無い。
「恭爾さん、前も私にそう言った。」
女は楽しげに笑った。
「いい加減、私の名前を覚えるべき。私自身も。」
「前も会った?」
「叔母の結婚式で。その前は従姉妹の七五三で。そのまた前は祖父のお葬式で。」
俺は頭を抱えた。
「私いつも貴方を見ていた。出逢うたびちゃんと自己紹介もするの。貴方、困った顔をして、何も言わないんだけど。私の顔と名前ぐらいは、もう覚えてくれても、いいんじゃないかな。