2024-02-01から1ヶ月間の記事一覧

藤棚 017

「ガムってなに?私と兄さんとの思い出が噛み散らかしたガムってってなに?」「例えばだよ。ガムじゃなくたって別に--------」「訂正して。今すぐ訂正して。訂正できないならもっと良い例えにして。本当にあんたって馬鹿よね。その顔がムカつく。腹ただしい…

藤棚 016

「あのさ、俺は家族の仲はまあいい方だと思うし孤立もしてないし、楽器で語り合う特別な兄弟も友達もいない。お前の喪失感っていうの?何だろうな、俺にはわからないけれども、あえて言わせて貰えば、仕方のないことだよな。お前に原因や責任があるわけじゃ…

藤棚 015

そういい終えると、指先を胸の中央を指して、俺を見て玲は微笑んた。茶色の瞳がビー玉のようだった。俺は額に手をやり、大きくため息をつき、それから彼女の傍に投げやりに腰を下ろすと、もう一度大きくため息をついた。「ひでえ人生だな。」 メンヘラ街道一…

藤棚 014

そこまでいうと玲はソファーに座った。はじめに会ったときのように、両足をソファーに載せて、それを抱えるようにして続けた。「こんな、幻想即興曲まで弾けるようになったのも、兄さんのおかげ。家を出て、たまに帰ってくる間、兄さんの応えが聴きたくて、…

藤棚 013

「私がピアノを習いはじめたのは、兄さんと会話したかったから。別にそれほどピアノが好きってわけじゃない。私の音、少し兄さんににてるの。ほんの少しだけ。兄さんと私、一緒にいる時間が短かったんだ。話しかける時なんてなくて。大抵兄さんは練習してた…

藤棚 012

子供みたいな指が器用に鍵盤上を舞った。こいつも一人前以上に弾きこなす技量を持ってるのかと驚きの眼差しで細い指先が鍵盤を叩くのを見た。音だって悪くない。女の弾いてるのはショパン。幻想即興曲。大した技量だ。兄妹揃って上手いもんだと感心した。「…

藤棚 011

「お前の兄貴のピアノを勝手に触って悪かったな。」 俺は思ってもないことを言った。とりあえず謝っておけばうるさい声を聞かなくて済むと思ったからだ。「兄さんが弾いているように見えた。馬鹿みたい。天と地ほどにも違うのに。あんたが兄さんのわけないの…

藤棚 010

離れ 7 盛大な嫌がらせから、些細なものまで曇天のもとに荒ぶる波の如く俺の人生に押し寄せては繰り返し退いてまた打ち寄せる。そのたびごに心は頑なになり穿つ荒波に痛み何かを失っていった。繊細さや素直さや満ち足りた幸福感のようなものだ。長らく感じ得…

藤棚 009

離れ 6 学校ってとこは個性を殺す。コンセルのような場所は別の意味で才能を潰す。世界でトップに立ちたければあらゆるところで一位を取る必要がある。ジュリアードでもバークレーでも何処でも、圧倒的な1番でい続けなければならない。そこでは妥協は決して…

藤棚 008

離れ 5 昔から俺はピアノという楽器が苦手だった。大きく、重く、そこに在り続ける動かし難い威圧感、圧迫感を、それは俺に与えた。ヴァイオリンは軽さと手頃な大きさゆえに何処へでも運んで行ける。願えば常にそばにあり続けることができるのにピアノときた…

藤棚 007

4 離れ 確かに俺と玲は従兄妹どうしだ。 倩爾だってそうだ。だが子供の頃に遊んだ記憶がない。互いの家が遠いせいもある。母親が実家に頻繁に出向いていなかったためだろうか。それでも従兄弟同士なのだからどこかで会ったことはあるはずだ。葬式や結婚式や…