藤棚 016

「あのさ、俺は家族の仲はまあいい方だと思うし孤立もしてないし、楽器で語り合う特別な兄弟も友達もいない。お前の喪失感っていうの?何だろうな、俺にはわからないけれども、あえて言わせて貰えば、仕方のないことだよな。お前に原因や責任があるわけじゃないんだろ。お前の兄さんが死んで心が傷ついた。だよな。例えばさ、味の無くなったガムを繰り返し噛んでる、不味いんだけど噛まずにいられない。それを吐き出して捨てれば済む。でもそれが出来ない。俺も無理だと思うよ。吐き出したとこでまた同じガムを噛むだろう。繰り返し、気が済むまで。延々と、何年も。記憶を巻き戻して過ぎた過去を味わう。そうせずにはいられないお前の心の問題に、いつか向き合わなきゃならないときがくる。今はまだ無理だろうけど、必ずくる。それを乗り越えなきゃ、お前はガムを噛むのをやめられないんだ。俺は医者でもなければお前の彼氏でもない。今日会ったばかりの、ただの従兄。医者ならそのガタピシいってる心に潤滑油を流し込む、彼氏ならハッピーチューインガムとかなんとかガムの名前を変えて好きなだけ噛ませてくれるだろうよ。俺は従兄だから何もしてやれないけど、なんかある?俺のできること-----------
と言って彼女に振り向いた瞬間俺の眼から火花が散った。コイツは俺の弱点を知っている。首筋に肘鉄を喰らわせやがった。