藤棚 012

子供みたいな指が器用に鍵盤上を舞った。こいつも一人前以上に弾きこなす技量を持ってるのかと驚きの眼差しで細い指先が鍵盤を叩くのを見た。音だって悪くない。女の弾いてるのはショパン。幻想即興曲。大した技量だ。兄妹揃って上手いもんだと感心した。
「いいんじゃないの?」
俺は顎をさすりながら言った。
「知ってる。悪くないわよね。でもただそれだけ。悪くない。上手く弾きこなす。私にもわかってる。才能がないってこと。続けても意味がないってこと。何かが足りないの。手中の玉のような、どれだけ努力しても得られない何か。兄さんはそれがあった。生まれつき与えられてた。それに嫉妬したことは無いの。羨ましかったけど、それ以上に、私が兄さんの妹であることが、嬉しかった。」
へえ。
「兄妹で憎みあわずに済むってのはまあ、いいよな。でもさ、才能がないってのはまだ、断言できねえんじゃねぇの?」
「才能が無いのは自分が一番わかってる。兄さんのそばにいたから尚更。中途半端な賛賞とかいらない。鬱陶しい。だからもういいの。趣味で弾くだけ。」
それに、と玲は俯いてどうでもいいような投げやりな態度で言った。