2021-10-23から1日間の記事一覧

小説(仮)嵯峨山恭爾 013

(貴方はもうそろそろ執着を捨てるべきなのよ。) いつもの夢だ。 (おじいさん?への執着を持っている限り、貴方は多分幸せにはなれないと思う。だってそのおじいさんはもう死んでしまっているのでしょう?話すことができないなら、何かを期待しても難しい…

小説(仮)嵯峨山恭爾 012

巨大なグランドピアノを購入する数日前の話だ。吉野の手配した清掃業者が部屋へ来た。無機物のゴミに紛れて、オレにとっては大事な物も、かなり貴重な品も含まれていたが、放り出して床に投げ捨てたそれ等が、そろそろ玄関口までとどきそうな勢いで部屋を侵…

小説(仮)嵯峨山恭爾 011

(この話をきいておまえはどう思うんだよ。) 例の、男の話しかしない女におれは訊いた。 (え?あぁ。ちょっと怖いよね。) (怖いって俺が?) (うん。異常性?そういったものを感じるけど。) (けど?けどってなんだよ。) (あぁ。今度は「けど?」に…

小説(仮)嵯峨山恭爾 010

吉野の帰った後、オレはぼんやりと窓の外を眺めた。夏の夕暮れ時の空は橙色に染まっていた。ここに住めるのもあとどのくらいだろう、銀行の残高はそろそろ底をつくはずだ。いくつかの定期を解約して、それでも数年、その後はもっと家賃の安い場所へ引っ越し…

小説(仮)嵯峨山恭爾 009

「おい!」 (ああ?) 無意識に繰り返し、吉野の前で頭を打ち続けてたのだろう、彼は気違いじみたオレの行動に恐れ慄きながらも 「何か食べた方がいい」 と未だかつて見たこともない豪華な桐箱に入った弁当を取り出した。それを食べ終えたら風呂に入った方が…

小説(仮)嵯峨山恭爾 008

話があちこち飛んで読んでるヤツには申し訳無い。流れ的にはなぜ実家に天下のストラディヴァリウスがあって、いかにしてそれが失われたのかって話を書くのが筋なんだろう。だが過去に遡ってその記憶を思い返すたびに、オレは抑えきれない破壊行動に駆られて…

小説(仮)嵯峨山恭爾 007

「ほしいって言うんなら全部くれてやれ。他人の付ける価値に意味はねえよ。その価値にこだわって振り回されている間は自分を見失い続ける。自分が最高だと信じる物だけを追い求めろ。お前はその男を人生で出会った中で最高だと思うか?お前自身を最高の笑顔…

小説(仮)嵯峨山恭爾 006

「だから私は立場が違うので、身を引くべきだと思うの」 例の夢の中に登場する変な女の話だ。今俺はコイツに(ストラディヴァリウスがあったんだ、しかも自家に)って内容を説明し終えたところなんだが、返ってきた答えが上記のセリフっておかしくないか? …

小説(5)嵯峨山恭爾 005

十年振りに帰った実家はほぼ変化が無かった。お袋のエプロンの色も髪型も労う声も、学校から帰宅した中学生の頃と何ら変わりがなかった。ただ、犬が増えてたんだよな。小型犬がゾロゾロお袋の足元に纏わりついていた。店で見て可愛いと思うとつい買ってしま…

小説(仮)嵯峨山恭爾 004

「プロフの文章を変えたっていうのは、なんのプロフ?」 これから来る演奏会のパンフのプロフィールに決まってるだろうが、と口から出そうなのを止めた。真一文字に閉じた口元から、答えが生まれるのを彼女は待っているようだった。視線が痛いぜ。俺の端正な…

小説(仮)嵯峨山恭爾 003

「考えてはいけない時に思ってしまう時ってあるでしょう。例えば仕事中とか。そのせいでよくミスをするの。どうせ相手は私の想像するほどに思ってくれてはいないのに。自分を卑下しているようだけど、そう思ってしまうの。私できれば彼について考えたくない…

小説(仮)嵯峨山恭爾 002

オレは大抵の男がそうであるように恋愛について語る事を好まない。人に誇れるような出来事が無いのも正直なところだ。なんだろうな、これもあまりに書きたくはないけれども、そのうち吐かなきゃ先には進めないのだろうな。先に進んだところで人生が好転する…

小説(仮)嵯峨山恭爾 001

弦に触れてはじめの音を出すのに躊躇するのに似ている。気分が乗らなければその時は大抵、最後までいい音は出せない。文章も同じだ。日頃書くことに慣れていない自分が文字を綴ってみるなんて余程の出来事があったと思ってくれ。いつか誰か、彼女以外にこの…