小説(仮)嵯峨山恭爾 007

 「ほしいって言うんなら全部くれてやれ。他人の付ける価値に意味はねえよ。その価値にこだわって振り回されている間は自分を見失い続ける。自分が最高だと信じる物だけを追い求めろ。お前はその男を人生で出会った中で最高だと思うか?お前自身を最高の笑顔にする男か?考えただけで心が湧きたって踊りだしたくなるような気持ちになるか?そんなしょぼくれた顔にさせる奴のことを何故長々と考える?その時間はお前の人生の中で善き物を生み出すのか?今のお前の思考は周りを幸せにするか?しねえよな。ぐだぐだといつまでもそいつについて考えるのはいい加減」
 
 止めろ、と言った瞬間、あっと小さく俺は叫んだ。何故なら俺の目の前には人生で初めて見る女の涙ってものがあったからだ。(なぜ泣くんだ。)というか俺が泣かせたのか?そうなのか?涙の出るまでの感情の経緯が分からない、かといってこの場合、泣いてる女に泣く理由を聞いてもいいものなのか?おそらく俺は気が動顛したのだと思う。ーーそうきたかーーと衝撃を受けると同時にここで怯んだら元の木阿弥、全てがクリアになってしまう。できるなら見なかった事にしたい、だが見てしまった。とりあえず泣くのはやめろと可能な限りソフトに伝えてこの名付けようのない感情の波を鎮め、全てが0になるのだけは避けようと試みた。金の瞳から流れるのはこちら側の奴と同じ透明色なのだな、流れる涙を眺めつつ言葉を繋ごうとしたところ、女はなぜなぜそんなことを言うのかと俺に問うた。(なぜ、そんなことを、いうの)俺はもう苦笑いを浮かべるほかなかった。それは言うべきことなのか?黙ってりゃ上手くフェイドアウトできるだろうに。俺は肩をすくめ(女ってのはやっぱり意味がわかんねえな。)と呟いた。