小説(仮)嵯峨山恭爾 006

「だから私は立場が違うので、身を引くべきだと思うの」
 
 例の夢の中に登場する変な女の話だ。今俺はコイツに(ストラディヴァリウスがあったんだ、しかも自家に)って内容を説明し終えたところなんだが、返ってきた答えが上記のセリフっておかしくないか?
 
「正直、もう面倒だって思うところがあって、できればよく木こりとかが持ってるナタみたいなものでぶち斬りたいって気持ちがあるんだけれども。」
あれだ、また男の話だ。こいつほんとまじで男の話しかしねえな。
「それが正しいのか間違ってるのか、判断しかねるの。」
判断しかねるの、って感情に判断するとか割り切れるものなのか、というか木こりのナタってなんだよ。絵本でしか見たことねえよ。
「木こりのナタじゃなくても良いんだけれど。」
こいつもナタって単語に引っかかってるんだなと思うと滑稽で思わず吹き出した。ペンチのでかいのでもいいんじゃないかとどうでもいいセリフを吐いたら無言だった。相変わらず人の話を聞いてねえ。
「ペンチで切れるのかな?」
いや、聞いていた、そこに俺は驚いた。
「斬れんじゃねぇの? 実際斬るわけじゃないだろうけども、イメージの話なんだろう?まぁナタでもペンチでもどちらでも構わないんだけどさ、その考えに行き着く時点で結果はでてると俺は思うよ。普通、修復の可能性をさぐるならナタって単語出てこねえだろう、もっと前向きで柔らかななにか、例えば、ホッチキスとか? いや、これも痛そうだな、なんかこう女っぽい優しげな思考とかできないわけ?」
「やさしくてやわらかそうな思考?」
「やさしくてやわらかそうな単語。前向きな思考。楽しげな、聞いてる奴が思わず笑顔になりそうな楽しげなセリフだよ。」
彼女はため息をつくと頬杖をついて天井を仰いだ。白い天井。病院で見るような、正方形の板の張り詰められた天井。
「私が間違ってるの?」
知るか。ていうか俺の質問聞いてたか?
「今、貴方、私の思考の矛先を変えようとしたじゃない?」
矛先って、物騒なアイテムばかり出てくるんだな。
 
 「真逆の可能性のありかを探ったんだよ。思考を変えようとしたんじゃない。で、お前はそこで立ち止まったわけだ。天井を見てため息ついたよな。先が思いつかないわけだ。道で言えば行き止まりってやつだよ。行き止まりの壁を乗り越えるつもりがあればいいんじゃねえの?その高さが空をつくほどに高いんじゃ無理だろうけど。」
「だいたい2mぐらい。」
「具体的な数字が出てきたな。2mか。身長より高いな。じゃ、その壁をぶち破るか乗り越えるか、もしくは引き返すか、3択だな。」
「張り紙を貼る。」
「は?」
「張り紙を貼るの。尋ね人、ウォンテッド?そういうの。」
「つまり?」意味がわからない。
「その張り紙を見た人に連れてきてもらうの。」
「えーっと、つまりおまえはその壁の先に行くつもりもなく、戻ることもなく、他力本願で誰かにそいつを連れてきてもらうことを云っているのか?」
「そんな感じ。」
ふざけてるのか、真面目なのか、未だ見慣れぬ縞目模様の金の目からは意味を引き出せなかった。今度は俺が頬杖をついた。
「壁のイメージは消せ。」
「うん。」
「話を元に戻す。なんでこんな話になったんだ?」
オレはストラディヴァリウスの話をしてたはずだ。この女は話題をまるごと男の話にすり替えやがった。
「話したくない。」
「話したくない?」
「今は。」
「今は?」
何がどうした、と訊くこともできたが止めた。
「まぁ、率直に言うが、そうしつこく人を想い続けるのは迷惑かもしれん。ここはスパッとナタだかスパナだかで斬ってしまうのもありかもな。行き止まりで足踏みしてるかぎりどうにもならんだろ。得るものもなく疲弊してく。お前のところにドラクエってゲームあるか?」
ドラクエ?」
「ゲームだよ。どん詰まりの壁に向かって先に行けず足踏みし続ける、真っ暗な洞窟の中を。」
「真っ暗な洞窟の中?」
「俯瞰で見ればなんてことない迷路だけど、知らずは当の本人だけってよくある話でさ、所詮恋愛事だしそこから何かしら利益が生まれない限り継続させるのは難しい。推進力が無いのも先の話で分かったよ。その恋愛には壁を乗り越える力は無いんだってことが。他力本願だもんな。」
「他力本願。」
「そう。ここは一度あたまを切り替えろ。結局男ってのは欲しいものは自分で取りに行く生き物なんだよ。女がどうこう足掻いていっとき得たとしても、もって数年短くて数ヶ月、お前努力するつもり無いしな。ほっとけ。人生短いようで長い、もっと生産的なことに時間を使って忘れちまえ。」
 
 俺は多少の悪意を込めて、最近読んだ心理学の一片を加えて伝えた。