小説(仮)嵯峨山恭爾 011

 
(この話をきいておまえはどう思うんだよ。)
例の、男の話しかしない女におれは訊いた。
(え?あぁ。ちょっと怖いよね。)
(怖いって俺が?)
(うん。異常性?そういったものを感じるけど。)
(けど?けどってなんだよ。)
(あぁ。今度は「けど?」について?。え?。やっぱり、ちょっと変?)
 
 変なのは認める。ただ変だけでこの話をくくられるのは納得がいかない。なにせ俺ははじめて経緯を、ピアノを買った経緯を人に、人と呼べるかどうかは知らんが、伝えたのだから。
(例えばさ、お前がしじゅう考えてる男にさ、この話を振られたと仮定して、どう答えるんだよ。怖いよね~とかいわねぇだろう。)
 ふっと、小馬鹿にしたように俺を見て笑うと、言うわけないじゃない、と女はいった。ふざけんなよ。
(そうであるものとそうでないものに分けるのってとてもむずかしい作業なんだけれど、ちょっとわかったかもしれない)
(は?)
(あまり気にしないで。たいしたことじゃないから。私はここにいるときだけ自由を満喫できるの。だから少し気ままに話させてほしいのだけれど、なんだろう?話?すごく変な話ーーーーー)
(っておい。おまえまた男の話とすりかえようとしてるだろう。)
(うん。)
(うん。ってまたそう簡単に)
言うなとオレは付け加えつつ言った。
(いいか、おまえのくだらないどうでもいい恋愛話は後でいくらでも聞いてやるからまずは俺の質問に答えろ)
(質問?)
(俺の話をきいてどう思ったかだよ。)
聞いているのかいないのか、一点をじっとみつめたあとおもむろに女は口を開いた
(問題は、3点かな。お金と、楽器と、場所?収入が無いのに、多くのお金を使うのは自傷行為のようなもののようなきがする。でも貴方、その290なんとかを買わずにはいれなかったのよね。もし購入しなかった場合、その部屋で死んでしまっていたのかもしれない。不思議だなと感じたのは、楽器?どうして他のものではダメだったのかしら。他の、黒くて大きくて、重量のあるもの。例えば同じ容量のキューブではいけなかったの?)
こちらの世界では同じ容量のキューブなど存在しない。あえて言うなら車のハマーか?だが路上で目に止めたとしてそれを祖父の部屋に置くなど思いもしないだろう。
(その辺りもちょっと引っかかるのよね。あとは場所?これは記憶と置き換えられそう。おじいさんの部屋?で過ごした日々を消してしまいたかったのかも。消すのは難しいから圧縮するような?290で空間の圧縮イコール記憶の圧縮、縮小的な?)
なるほど。俺は出来る限り早く当時の記憶を抹消したいのかも知れない。あったものをなかったものにしたいのかもな。可能な限り速やかに。
(なるほど。)
 
 今度は声に出して言った。したり顔の彼女にはむかついたがその考えは何かしらヒントになる気がした。完全なピースとしては当てはまらないが。
 
 俺はどれだけのものを失ったのだろう。これから先も継続的に失い続けていくのか。世界はあの部屋の空間のごとく半分になりかつ縮小し続ける。笑えねえな。だが、例え世界が針の先の如く縮小したとしても、矜恃だけは持っていたいよな。それがなけなしのゴミのようなものであったとしても。せっかく注ぎ込んだベーゼンドルファーだ。出来ることならあと2、3台は積み重ねてみたい。下手な生き方しかできないがそれもまた人生だよ。
 
 それから約束通り女の恋愛話を聞いた。正直よく覚えていない。月がどうとか赤い色がどうとか心底どうでもいい話をしてたきがする。とりあえず蹴飛ばしとけと言った。俺も赤い色も月も好きじゃない。オレンジもトラウマカラーだ。俺は好きなものが少ない世界で暮らしてる。不幸の所以はそれかもな。