フランス人指揮者の第5番「運命」

 

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指揮者や演奏家を知るのにとりあえず聴く曲がある。指針的な楽曲のひとつにベートーヴェン交響曲第5番がある。今日はピエール・モントゥ指揮者のそれを聴いた。フランス人のせいかどうかは不明だがこの「運命」は明るく軽快だった。チーズを載せたプレーンクラッカーを片手に愉快に笑いながら、パーティの招待者の「扉を叩く音」に聞き入ってるように思えた。クライバーカラヤンフルトヴェングラーの5番と比べて、天と地ほどとは言わないが、流れる風景は昼と夕闇ほどの違いがある。

 録音年は1958年、オーケストラはロンドン交響楽団。ピエール・モントゥの人物像が音に反映されているのだろう、往年の大作家が自由気儘に書きたいことを書くように国を代表するこの指揮者も作曲家の意向を顧みず好きに指揮棒を振るったのかのようだ。そんなことを思わせる演奏である。

明瞭で軽快な運命。オリエント急行に乗り込み、美しい稜線を眺めつつ音の流れに身を任る。向かいに座るのは苦虫を噛み潰したような表情のベートーヴェンだ。それを鑑賞するのも趣深い。数ある重厚な演奏のなかにひとつぐらい変わり種といっては失礼だが趣向の異なる風変わりなそれがあってもいいのではないか。世に満ちる運命は往々しにて苦痛と恐怖を伴うものだが、その運命に陥った時、軽くかつ愉快なこの演奏に触れて浮上したいものだ。

 などと書いたがやはり5番は、カラヤンのそつのない滑らかで完璧な演奏も良いが、カルロス・クライバーの一択だと私は確信している。