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 私の彼の何処が気に入っているのかと問われたらすぐに思いつくのは言い古された言葉だろうけれども白魚のような指を持つ手だ。白く透き通って青い血管の浮き出たところどころ節の強張った、女性的ではないけれどもかといって男のようにがさつでもない、中性的な手。その手が私は好きだった。その美しさは齢によってうまれた徒花でしかないのかもしれない。美しさに限って言えばの話だけれど。
 
 暗闇に浮かび上がる白い稜線を辿ってなだらかな丘陵を登り淵の深い窪みを降りて鋭いラインをなぞる。これも若さの特権。内側から溢れ落ちるような青白いひかりを放つ肌、濡れた髪、長い睫毛、私はそれをしばらく黙って眺めていた。新鮮な果物の香りを肺に満たしその果実を頬張るような満足感が身体の内に広がった。
 
 頭の天辺から足の先まで満たされた幸福感は安心感にも似ている。私はこの安心感が気に入っていた。日々の日常から繭の殻のように私を包んでくれる。睫毛に縁取られた眼に光が差し込んでも彼は水の中をあるくように夢の中だ。目覚めても夢うつつで生きているような--------。その自我のなさを私は好んだ。あと十分もすれば目覚めるだろう。白い肢体を動物のように優雅に動かして数度寝返りを打ったら例の美しい白魚のような大きな掌で自分の瞼をおさえ今は何時なのかと尋ねるのが日課になっている。
 窓から差し込む光の加減で適当なあたりをつけて応えると、納得したのかのかそのままベットへ潜り込んでしまった。これも同じ。