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食事なんてどうでもいいとケータリングで日々過ごしているくせに月に数度の蓼科での宿泊時には慣れない手付きで私は食事をつくる。適当に買い集めた食材で見よう見まねに身体に良さそうなものを、フライパンのなかで混ぜ合わせてみる。調味料を適度に振りかければそれなりの味になるのを私は知っている。なにより彼は今まで一度も私の食事に文句を口にしたことなどないのだからこれでいいのだ。
 
 可愛そうな子だと思った。でもおそらく、彼はどれほど美味しい食事でも、まずいものでもきっと今日私の与える食事を口にするときと同じように整った口元で微笑んで美味しいと言葉にする姿がたやすく想像できた。口元の角度も隙間から見える真珠のような歯の見える幅も寸分たがわず同じに違いない。それを想像するだけで気持ちが浮き立ち安らぎまた同時にさざなみのような罪悪感が襲った。
 
 午後は市街地で服を購入しよう、彼のために。これも自己満足にすぎないけれども。一体私は何着の衣装を彼にしつらえたのだったか、遡って過去の買物を思い出す努力をしてみたけれどももう正確な回数はわからなかった。彼の自宅のクローゼットは扉もしまらなくなっているのかもしれない。私の自宅にでさえ数着の衣装が掛かっている。まだ袖さえ通していないものがあるかもしれない。今この瞬間に身につけて輝きを放つ衣装を、カフスボタンを付けるときの手首の角度と白いうなじと横顔を、彼が私の手元を離れるまで何度堪能できるのだろうかと将来を予測してみた。しかしそんなものは少しも想像できなかった。例えば、例えばもう少し彼が歳を経て、己の好みを知り始めて------好みを------彼はもうすぐ25になろうとしていたはずだ、なのに歯ブラシひとつ自分で選びはしない。その自我のなさを私は愛した。もちろん他にも利点はある。美しさと才能。