サンタマリア・ノッベラ本店へ行く

 雨の降る休日に銀座のサンタマリアノッベラへ出かけた。夏の蒸し暑い日だった。ロングワンピースの裾がアスファルトを浸す雨水でぬれないか心配しながら、コンビニで買った透明な傘をさして銀座の細い路地を歩いた。本店は幅1.5間ほどの小さな間口でサンタマリアノッベラの入り口は目立たずひっそりとそこにあった。暗い重たげなドアを押すと、いにしえのイタリアの修道院の一角に入りこんだ気分になった。

 サンタマリアノッベラは西暦1200年にイタリアはフィレンツェ修道院で発生した薬局である。当日の購入目的は香水。長々と歴史を刻んだ店の香水を私は利きたくなった。

 店舗に入ると空間が爽やかに広がるのではなく、北向きの日の当たらない書斎のような空気が来店者を圧迫する。要するに狭いのだがこの種の店は今どき無いので興味をそそられる。年月を経た本棚の薄暗い奥に品物が佇んでいる。扉を開けて手に取るのをあえて拒んでいるような陳列の仕方である。よって欲しいものを事前に決めておかないと狼狽してそそくさと店を出るはめになるので、希望の品を見繕っておいたほうがいい。

 私は香水が欲しかった。メジャーどころのアイテムをひと通り確認して気に入ったものがあれば購入する予定だった。手に取れる試供品もないので店の方に目的を告げ、棚の奥から品物を出してもらう。

 ルイヴィトンのアドヴァイザーも印象的だったが、サンタマリアノッベラの店員もかなり流暢なやり取りができた。香水が1点欲しいがどれを買ったらいいかわからないと問えば好みの香りを訊かれ重めの甘いものと返せば数種をコロンをさっとムエットにつけて出してきた。名称もサラリと書き記す。香りの種類と所以を簡潔に語る。それに対して私も香りに好悪をつける。彼は短時間のあいだに37種のコロンのから私の好みの一点を選び出した。

 サンタマリアノッベラのコロンは良く言えばシンプル、悪く言えば素朴な香りだ。ジョー・マローンやディップティック、フローラ・ノーティスの生花の瑞々しさに現代の洗練を加えた様子とは少し異なる。昔ながらの製法を守っているせいなのかもしれない。