アクア・ヴィタエ・コローニュ フランシス・クルジャン

 最近私のポケットには試供品の香水が入っている。香水を購入したときに店舗がお試しでくれる2mlのスプレーボトル。いつ手に入れたのかは覚えていない。机の引き出しに忘れられたように隅に置かれていたのを最近見つけた。ボトルにはアクア・ヴィタエ・コローニュと書かれている。アクア・ヴィタエとは生命の水という意味らしい。生命の水といえば海を意味するけれども、このアクア・ヴィタエ・コローニュは酷く、甘くクリーミーな香りがする。甘い花の密の香り。フレグランス界の芸術家、フランシス・クルジャンが何を想ってその名をつけたのかは知らないが、生命の水の花の香なら、私はアフリカの熱帯地をおもう。水に濡れた常緑樹の葉をさえぎり湿った土を踏みこみ、絡む蔦をくぐり抜けると、夢という名のルソーの描いた絵画的空間が広がっている。アクア・ヴィエタ・コローニュは、ソファに横たわる女性を囲むように添えられた花々から漂う香気。トンカビーンとヴァニラの肌に沿うような粘着的な甘さ、レモンとマンダリンの軽やかさと爽やかさ。熱帯樹林を駆け抜けてきた私の正面にその香りは直撃して、女性の白い腕から伸びる指のいざないを受け異国の官能的な、しかし至って健全な不可思議な世界の夢に溺れるのである。