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離れに入ると湿った香りがした。何年も使われていない家具を覆う白布を力任せに剥ぎ取る。色褪せたソファや書棚が剥き出しになる。と同時に再び閉じた時が流れ出す。窓を開けると夏の前の青葉の香りが部屋に満ちた。外を覗けば緑繁る樹々の向こうに父の住む屋敷が見えた。ベランダの先端が若葉の先からのぞき、そこに立つ人影を僅かに確認することができる。まるでグレイトギャツビーのようだ。夜毎開かれる煌びやかなパーティを湖の向こうから眺める主人公のように、私は眺める。ただし父は死ぬことはないし殺人事件も起きないし誰かが破産することもないし眼鏡の看板もありはしない。私は時折様々な色のドレスで装った女性の影をベランダにそよぐそのスカートの裾とともに見ることになるだろう。ソファに寝そべって本を片手に音楽を聴きながら。