X 001

 父親が帰れっていうからしおらしい顔をして帰ってみると相変わらずいつもの通りベッドに横になって驚いた表情で迎えられた。煙草の煙が部屋中に満ちていて窓から差し込む光がベッドの上のシルクが艶めいていた。彼はさもなんでここにいるのか不可思議で仕方がないといった顔をして私を出迎えたので両手に持ったトランクを手放しひとこと言ってやろうと部屋に一歩足を踏み入れたけれどもその肩の向こうに青白く生めいた素肌が見えたので私は肩をすくめ自室へ戻った。相変わらず全く酷い一日が始まろうとしていた。
 自室へ戻るとクラブからの招待状が届いていた。過去に一度だけ顔を出したwe love heart itとかそんな名前のアートクラブからの手紙だった。私は実家に戻ってきたことをすでに後悔していた。お酒と薬と騒々しい音楽と知らない顔の人々が終始家を出入りして巻き起こす喧騒を思い起こすと目眩がした。届いた手紙とトランクを持って玄関ホールや応接室に客間そして父の自室からできる限り離れた部屋を求めて、屋敷の外の低木の茂った小道の先にある離れを目指して私は歩いて行った。