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 思えばここも悪くはない場所だ。学校へもいかずマンションの一室で引き篭もった生活を送っていた私に何故父が帰ってきなさいと手紙を出したのか。その時、ちょうどカーレースのゲームにはまりかけていた時だった。同級生の誰かが見るに見かねて連絡したのかもしれないし、偶然が重なっただけなのかもしれない。外は梅雨の雨が降り続き冷蔵庫の中が空になったのも私の戻るきっかけだった。手にした手紙の父の丁寧な、美しい書体の文字を眺め、半分諦めの境地を持ってトランクに荷物を詰め込んだ。これで何度目だろうとため息をつきながら。父の手紙は常に私の心を動かす。紺色の万年筆の先で滑らかにすべらせた書体の文字に意味の無いのはわかっている。彼はただ寂しいと伝えたがっているのだ。人がいなくて寂しいと。特に私でなくともいいのはわかっている。呼び出してすぐに駆けつけてくれる人が、美しい女性がいないだけなのだ。最後にオマケのように私を思い出したに過ぎない。そうだ、すっかり忘れていたけれども、自分には不肖の娘がいたじゃないか、あれを呼ぼう。