X 006

「誰?」
「君こそ誰なんだ。」
 わずかなあかりに照らされた部屋の隅から声が響いた。
「人を呼ぶわよ。」
 ちょっと待ってくれ、両手をあげてゆっくりとした足取りで現れたのは、ひとりの男だった。パーティからたった今帰ってきた風の、シャンパングラスを片手に一瞥の笑顔を振り撒いて義理の会合から疲れて帰宅した身なりをした男が立っていた。
「君は誰なんだ。」
「私? 私はこの家の娘だけど。」
 握ったゴルフクラブを振り上げて答える。先よりも少しだけ声がうわずっている。
「彼に娘などいたのか。初耳だな。これは今世紀最大のニュースだ」
 おどけた調子で上げた両手をポケットに突っ込むと馴れ馴れしい微笑を浮かべて一歩近づいた。
「それ以上来たら殴るわよ。」
「相手は誰なんだ。ポートランド公爵の三女か。ギリシアのカジノで豪遊した時に知り合った商船業の娘か。しかし 」
 そう言ってまじまじと私の顔を覗き込む程近くに寄って徐に顎を掴むと
「たいして美人じゃないな。」
 と言ってにやりと笑った。