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私の父はハロルド・ダービー。伯爵の称号を戴きこの国の西に300エーカーを超える敷地を保持し他に両替商や貿易業で成した財を為替や株でさらに増やしている。実際数を大きくしているのは父ではないけれども、ダービーの名を冠して何かしらの社会的な活動を行なって財を得ている。その利益のわずかなおこぼれを頂いて私は生きている。つい昨日まで、この国の中心部のさらに中心に立つビルの一室で引きこもり学生を満喫していた。確かに私は美人ではない。社交界きっての美男子と謳われた父の面影は瞳の色と耳の形だけだ。私はもしかすると母親に似ているのかもそれない。けれども母のことは残念ながらよくは知らない。この国の数の少ない女性相続人のひとりだったロンズデイル伯の次女、ヴァイオラ・ロンズデイル嬢。次女でありながら巨万の富を、父親ではなくヴァイオラの母の従兄弟から、その家族を差し置いて全てを受け継いだ記録に残る遺産相続人。そのせいでおそらく母は病を得た。私を産んですぐに亡くなり、 よって母親の声さえ私は覚えてはいない。
「あのゴシップ紙を賑やかせたヴァイオラ嬢が君の母親か。なるほど。確かに似ていなくもない。赤い髪や頸の白さなどぱっと見本人と見間違えなくもない。私はあの当時まだ学生だったが通りで彼女を見かけた時の姿は何度もあるせいかよく覚えているよ。ずいぶんと儚げな印象だった。まあ酷い有り様だったからね、当時は。国中が彼女を娼婦呼ばわりをしていた。従兄弟の愛人とさえ書かれたからね。憔悴しきった姿を見ても誰も同情はしなかった。相続する額が飛び抜けていたせいだ。しかしハロルドはいつ彼女と知り合ったのだろう。」