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そんなことは知らない。と不躾な彼の手を払い除けると私はソファに腰掛けた。スプリングが勢いよく跳ねた。
 「ハロルドの好みとはかけ離れた女性だな、ヴァイオラ嬢は。彼はもっととびぬけた美人が好きなんだ。」
 確かに、父の隣にいる女性は際立って美しい人ばかりだった。私の母は、多分、私に似ているのであれば、大した美人でもないのだろう。しかし、この男、尊大な姿でソファに座ったこの男は初対面の割にずいぶんと礼儀知らずな物言いをする。なかば呆れながら私は伯爵家の一淑女として慇懃に尋ねた。
「で、貴方は誰なわけ?」
 男は身を乗り出すと両手を合わせて言った。
「当ててみて」
 あてる?何を?
「私が誰かを。」