X 009

金の巻毛にライトブルーの瞳、白い肌。典型的な高位爵の持ち主の特徴を備えてる。両目は少し離れ頬に一点のアクセントのようなホクロ、薄い唇は挑発的な微笑を湛えている。歳の頃は30を越えたばかりだろうか。父との年齢差は10ほど。ビジネスマンというよりは高等遊民の類で金に困って働く苦労など生まれてこのかたしたことがないような雰囲気がある。首元を飾るブラックタイのツヤ、シャツのハリに光沢、身体に寄り添う仕立ての良いジャケットはきっとオーダー品だ。僅かに香るラベンダーの匂い。父と同じアスプレイの香り。整えられた指先は美しいけれども繊細というほどでもない。貴族の長男にしては奔放すぎる。家名を背負う矜持と責任が皆無。ボタンに刻印されたイニシャルと家紋が彼の出自の大きな手がかりだが、私は社交界にデビューして以来、公式な会合に一度も出席したことが無かったのでその印が何を意味するのか分からなかった。しかし花文字で刻印されたイニシアル、カフスボタンに刻印された装飾過多な三文字のわずかにひとつ読み取れるEの文字、ミドルネームかクリスチャンネームのいずれかの頭文字に当てはまる30前後の男性を、友人の噂話やゴシップ記事を頼りに想像を巡らせてみたがそんなものは私の数少ない記憶の引き出しにはひとつとして入ってはいなかった。 社交界に出入りする知人の男性なんてほんの数人だ。しかもその誰とも小学校の時以来会ってはいないという酷い有様。素直に わからない。と答える勇気が無いのは己の交友関係の狭さを露見するのが恥ずかしいのだと自分でわかっていたけれども、唇を固く噛んだまま言葉を控えた。