(改題) 004

晴れた冬の日差しが磨りガラスを通して褪せた廊下や診療室を照らしている。空間に立ちのぼるホコリがまるで砂時計の砂のようにていて映った。なんてことはない。ただの虚な空き家だ。床の軋みを感じつつ、カバンを椅子に置き、ひとまず控えの居室に移動してキッチンの蛇口をひねる。水が流れ、排水溝に吸い込まれていく。磨かれた流し台に、マグカップ電気ケトルに電子レンジ。冷蔵庫は起動音をたて、中を見ると水のペットボトルが数本。最近まで誰かがここを使っていた痕跡。
 おそらくは叔父だろうと決めてケトルに水を注いで沸かす。引き出しからお茶を探しカップに下げる。暖かな飲み物を飲んでそれから勉強に取り掛かろう、私立の文系へ進学し生きにくい現実から逃げるように文学を読み耽って明治大正のまだ日本が浪漫的だったあの時代に精神を閉じ込めてしまおうという野望を果たすために。あの高貴な夢幻の世界への扉を開くにはひとまずこの味気ない勉強に精を出し今更という負の感情を一掃し参考書の無味乾燥した文字を唱え精神を削らなければならない。