X 021

南西の角、2階の楡の木の向こうに湖畔の見える部屋、以前は亡くなった祖母の、その前は祖父の姉の、その前は曽祖父の使った部屋が私の自室だった。重い扉を開ける。ぎしりと音を立ててウォルナットの両扉が僅かに開いた。差し込む光が眩しかった。しかめ面で真っ向から真夏の陽を浴びる。
「遅いね。」
光を遮る様にベランダに誰かが立っていた。見知った姿だった。
「君が来てると聞いて待ってた。」
シャオ・ホウ、だった。父の知り合い。知り合いと言ってもずっと若い。私との方が歳が近い。この男性はいつ見てもどこで会っても一部の隙も無い。炎天下の海でパナマ帽を被りパラソルの下でグラスを片手に蜃気楼を眺めていた時でさえ微動だにしなかった。その時だらしなくジュースを飲んで寝転がっていた私は今のように不貞腐れた顔をしていたかもしれない。
 一糸乱れぬ漆黒髪が濡れ羽のようだった。30度を超える気温の中で立っていられるのが不思議なほどなのに。