X 017

トランクを片手に夜道を歩きながら母屋へ向かった。木々は鬱蒼と繁り昼間の夏の熱気がまだ残っていた。母屋の私の部屋は一時の夏を過ごすには広すぎる、ソファに横になって手の届く範囲に日用品のある手狭さと便利さに学生の私は慣れてしまっていてた。車止めのある正面玄関を避けて裏口へと回る。地下の食糧庫から屋根裏部屋に上がる階段を登って突き当たりの部屋のドアをノックした。私の隠れ部屋。数少ない安心できる場所。嫌なことが有れば一目散にかけ込んで癒される場所。乳母のタキのいる部屋に今晩は泊めてもらうことに決めた。
「部屋に帰りたくないの。」
お久しぶりでございますね、と一人暮らしを始める時にお別れをした姿と何も変わらずタキは私を迎えてくれた。
「突然どうなさったのですか。タキは驚いて口から心臓が飛び出るかと思いましたよ。」
「離れで寝たかったの。でも知らない男性がいて、自室に行こうと思ったのだけど、嫌になって、ここに来たの。」