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「レディ・ラトランド嬢のご子息かしら」
そう答えるのが精一杯だった。父の部屋のベランダからはもう灯りは見えなかった。私の知る限り父の友人達の間で最も美しく知的な女性はウィステリア・ナディーヌ・ラトランド嬢だ。絹のような黄金の髪を結い上げて格子窓から差し込む光を背後に受けた姿は天使のようだった。開いたドアから通りすがりに一目見た姿は暫くの間脳裏に刻まれ忘れることもできず、滅多に尋ねることなどない朝食の友人について父に尋ねずにはいられなかったことを覚えている。父は収集した絵画を褒められた時のように素直に目を輝かせて私に彼女の名を教えてくれた。そして彼の大きな、この世界の富と幸運の全てを得て生まれてきた神聖な両手で私の頬を挟むと、君も、彼女のようになれるかな、エリス。僕はそれを君に望んでもいいのかな。
「私があのラトランド伯の息子だって」
不快感をあらわにして彼は言った。スーツの袖口をあやまって汚したときのようにその先をつまんで原因を探るように見入っている。薄い唇のは嘲弄が浮かんでいた。私はラトランド伯本人も知らないし、息子の存在さえいるかいないか定かでないところを当てずっぽうに言っただけだったので、「彼」が表現した不愉快な態度の原因など検討もつかない。