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父を侮辱し始めた男に、私は容赦しなかった。
「で、貴方は誰なわけ? 夜遅くひとの家に入り込んで、名前も名乗らずに、随分と育ちのよろしいことで。」
育ちのよろしいこと、と繰り返すと首をかしげてさも面白そうに笑った。
「次は私が君の素性を当ててみせよう。素性と言ってもハロルドの娘なのだから大方検討はつく。歳は、そうだな、二十というところか。学生でおそらくセントローズかフォルタシオン舎か、ああイデアか。あそこは爪の色が決まっているのは当然、ミリ単位で管理しているんだったな。しかし君はどれだけ学校を休んでるんだ。その爪といい髪の色といいおよそ三ヶ月は不登校なんだろう。プロトコルや外国語を学ぶのはつまらないか。かといって積極的に己の道を邁進するタイプでもなさそうだ。しっかり父親の嗜好に沿って身なりを整えるあたりは健気で真面目な性格なんだろうが細やかさがない。胸元に浮かぶシミは油脂性だね。君はその格好で料理をするのか。エプロンもつけずに。スカートの裾のほつれもハロルドは許さない。許さないのに放置しているのはそれを知らない馬鹿かだらしがないのかのいずれかかまた両方だ。箸にも棒にもかからない、大して美人でもない娘をフィニッシングスクールへ突っ込んで多少なりとも形を整えようとしたハロルドの気持ちもわからないではないな。人生を謳歌できないでいる娘を憐れに想うがゆえの良心か、倫理感に基づいて彼なりに己の人生の創作物に折り合いをつけようとしているのは大した物だ。彼にしてみれば、失礼な物言いだが全くお眼鏡に敵わない骨董品をやむを得ず保持してるようなものだからな。君は社交界へもうデビューはしたのだろう。壁の花の苦痛も味わったわけだ。壁に張り付いて不細工な男女の品評会でもツイートしてたかな。まあそちらの方が長い裾を引き摺ってボールルームをぐるぐる回るより面白いかもしれない。」